くらしのレシピ♪

快適な毎日を過ごすための住まいのご提案をしています~

被災地の皆様と共に歩みます

只今、出発しました~



おはようございます、寺田です。
震災から丁度一年の、重要な使命を預かり
仙台ボランティア出張チームに派遣され天気も良く
只今横井リーダーのもとマサジさん、北方、コウイチロウさんと
ともに5名にて出発しました~
記念撮影の時に、コウイチロウさんが車はあるのに行方不明に気付きました。
慌てて携帯を鳴らしたけど出ないし、どこ行った?と思ったら車の中に寝てましたわ~
いて良かった(^-^;)

そんなこんなで、出発しました(^^)v頑張って行って来ます!

いってらっしゃい!

どーも、ご無沙汰しております。
aoです。

震災から1年。早いような、長いような。。。
復興が進んでいる所もありますが、そうではない所はもっともっとあります。
スタッフが交代で仙台へ支援活動に行っているため
TVだけでは得る事ができない現状を知る事ができます。

そうした中で感じるのは
時間がたっても、支援活動を緩めていってはいけないという事。
本当に強く強く感じます。



明日、仙台へ向けてスタッフが旅立ちます。
そのフタッフを紹介させて頂きます!

リフォーム 女子の太陽的な存在テラダ
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会社きっての食いしんぼうキャラ。
新築セルコ 若手ホープの北方
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リフォーム設計 『ガラスの腰』と異名を持つ松本


リフォーム管理 頼れる父ちゃん、横井


太陽光部門 今回の仙台行きに1番に
名乗りをあげたけっこう熱い男 耕一郎
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以上の5名が、今回のメンバーです。

1年を迎える仙台へ赴くのは、不安もあると思います。
だけど、今のありのままの現状を知り、感じる事
それをまわりに伝えていく事が、これから先の支援に
つながって行くのだと思います。

みんなの気持ちを胸に、頑張ってきてください!
いってらっしゃい!

被災地へピアノをとどける会

もう2月突入ですね。

私達が仙台へ支援活動へ行ったのが12月第2週。
現地の方達と『とり野菜みそ鍋』を囲んでから
もうすぐ2ヶ月たとうとしています。
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その懇親会のおり、仙台フィルハーモニーの方がいらして
演奏会も開催されました。

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そのことがきっかけとなり、縁がつながっていって
この集会所にピアノが寄贈されたそうです。

『被災地へピアノをとどける会』
http://www.piano-donation.org/2012/01/blog-post_19.html


支援にも、いろんな“カタチ”がありますね。
まだまだ知らない“カタチ”の支援はたくさんあるだろうし
自分に合った、無理なくできる事も
たくさんあるような気がします。


皆様の家に、もう使わなくなったピアノありませんか?

被災地の皆様と共に歩み続けて行きます!

支援活動の報告はありのままを書くだけでよかったから
わりと筆が進んでいったんですが、
感じた事、思った事をまとめて書こう!
といざ書きはじめると想う事はたくさんたくさんあるのに、、、
それをどう表現していいかわからず書いては消し
書いては消しの連続でなかなか思うようにいきませんでした。
それほど、今回の経験は私にとっても重いものだったからです。

でも、ようやくまとめあげる事ができたので
今年最後の締めくくりに書かせてもらおうと思います!



毎月、スタッフが交代で支援活動をするため仙台へ赴いています。
そのきっかけとなったのは、弊社新築部門セルコホームの本部が
仙台にあり仮設住宅を手がけた事にあります。

当社のスタッフと仙台チームのスタッフが一丸となって
仮設住宅にお住まいの方々に少しでも快適に過ごしてもらえるよう
行っている支援活動。
今月12月という事もありいつもの支援活動にプラスして
仮設住宅のお住まいの方をご招待して懇親会も企画して行きました。

震災から約9ヶ月。仙台市内の復興は進んでいて、街中にも活気があふれていました。
しかし、沿岸部に行けば行くほど震災の爪痕は色濃く残っていて。。。
道路の瓦礫撤去は進んでいましたが
撤去されたあとに何にも残ってないまま手付かずの状態
といった風でした。
たくさんの仮設住宅が立ち並び、ところどころに潰れた車や船が転がっている。
この土地がもとの生活をおくれるようになるまでには、
まだまだたくさんの時間がかかる事を嫌でも思い知らされます。

たった数日そこにいただけでも思い知らされる現実。
ではそこに住んでいる人達の苦痛は想像を超えるものでしょう。
でも懇親会で出合った方々の多くは、前向きに頑張ろうとしている方が大半でした。

地震・津波によって自宅が無くなり、道路が遮断され
まず最初に困ったのが寒さと食料を確保する事だったそうです。
野菜を積んでいた業者のトラックが、道路が塞がれた事によって
もどってきた事や沿岸部だったため自衛隊の船が海からやってきて
比較的に早い段階で支援物資をもらう事ができ自分達は幸せだった。
という話を聞いた時は衝撃を受けました。

高台にあったお寺に非難しておられたんですが
日に日にご遺体が増えていく事もあり
小学校の方へ移られたそうです。
そんな現実を目の当たりにしてきた方々の心の傷はとても深く、
『自分もその時死んでしまえばよかったんだ』と涙される方もいました。
正直、私はどうしたらいいかわからず無力感でいっぱいでした。
その時、同じ被災された方がその人に
『本当に命を落とした人がいるんだ。命ある人がそんな事ぜったいにゆっちゃいけない』と諭されたんです。
 人のココロの傷を癒せるのは、人なのだと思いました。

私達一人一人ができる支援は小さいですが
これから被災された方々の心に支援していくのは、国より何より私達一人一人の心なのだと。
小さくてもこれから先何年もずっとずっと続けていく事、支援の和を広げていく事が私達にできる方法なんだと思いました。

もうすぐ新しい年がやってきますが
支援の輪が、時間とともに風化しないよう
被災された方達が1日でも早く復興できるよう

私達は、被災地の皆様と共に歩み続けて行きたいと思います!

女川海岸部


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この日は本当におだやかな海でした。
海だけ見ていると信じなれないくらい。

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『女川マリンパル』
隊長FUNADAが指をさす屋上まで水に浸かっていた。
ここにいたら、どう頑張ってもひとたまりも無い。

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高台にある病院。
この病院の1Fまで浸水。

映像でたくさん見てきたし
約15メートルの高さの波とゆうのも聞いていたけど
実際、現地に立ってみると
見聞きして想像していたスケールと全く違っていました。

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